八ヶ岳の文化を知る「井戸尻考古館」

今日は、富士見の文化と歴史に出会いたくて、富士見町境にある「井戸尻考古館」へ行ってきました~。井戸尻考古館は、ここ八ヶ岳山麓から発掘された縄文時代の遺産を収蔵し、研究している場所。

今から遠い遠い昔。
5,000年~4,000年前、縄文時代の都であったと言われる、ここ八ヶ岳山麓。
今日、私がここに来るまでに通り過ぎた車は10台もなかったけど…、
遠い昔、ここは日本列島の中でも有数の縄文人の中心地だったというからオドロキです!

こちらが、井戸尻考古館。
ここを単なる地方行政の箱物と思ったら、おおまちがいです!
朝の9時半、たぶん本日最初の来訪者だった私ですが、10分もしないうちに、なにやらたくさんの人が集まってきて…。

ロビーに集い、みなさん丸くなって見ていたのは、土器の破片?
今日は、富士見町の土器づくりサークル「ほのおの会」 の集会だったそうです◎

地域文化の拠点でもあるんですね。
釜の文化が日本に来たのは平安時代。つまりそれ以前の縄文土器は、まさかの「野焼き」で作られていたというからオドロキです。野焼きといったら、焼き芋と飯盒炊爨しか思いつかない自分ですが、繊細な文様のある土器を、しかもかなり大きい物もあるのに・・・。失敗と成功を繰り返して、お天気や火を鋭く観察して成し遂げた縄文人。。。感動。。。

もう1つ、驚き感動したのが、この鎌のようなもの。他にも、鍬(クワ)も展示がありました。
ここは確か、縄文時代の遺産を集めているはず?
縄文人といえば、学校で教わったのは、狩猟・採集のひとたち。
農耕文化は弥生時代からでは?
しか~し、ここ井戸尻周辺では、縄文時代に既に農耕があったと考えられる農具類がたくさん出土しているんだそうで!
体制の下では異端とされる解釈も、現場にある真実を根拠に突き詰めていく。
そんなロックな精神を持った、井戸尻☆(詳しく書いてある記事を見つけました→こちら


↑こんなふうに、石で作物を切っていたんだそう。
シンプルで、かっこいい。

私がふらふらと見ていたら、スタッフの方が声をかけてくれて、色々と教えてくれました◎
都市にあるような大きな博物館ではないけれど、こういう感じ、田舎ならでは、なのかも。
土地への愛着、人と人との繋がり方、風土を大事に想う。そんな感じ。

井戸尻考古館の周りは史跡公園となっていて、この日は古代米のお田植え。
甲斐駒ケ岳を背に、おばあちゃんが、丁寧に手植えをしていました。

経験から得られた直感を見つめ、信じる方へ素直に向かう。
ここではないどこかへ移住をする、という選択も、同じように思います。
大多数の意見に惑わされず、自分の信じる道を進む。細くても確かに歩みを重ねること。
そんな気概を感じて、元気をいただいた一日でした。

井戸尻考古館、詳しくはこちら。

yosssy

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